大事なことは地味なもの。

「マインドフルネス」といっても最近いろいろな種類があるようですが、
私が学んでいるチベット仏教を起源とする瞑想は、
これがなかなか地味、、そして地道なものです。
残念ながらそれが原因で続けられない人も多いのですが、
同時に結局その地味さがエッセンスであり、
それこそが現代の人にマインドフルネスが重要な理由だと思っています。

チベット仏教における瞑想には二つの意味があって、
一つ目が心を育てる、という意味、
二つ目は自分を知る、という意味です。

何かを育てる時、
時間をかけずにできるものってどれぐらいあるでしょうか?
例えば植物を育てる時、
どんなに肥料を使ったとしても、
一日に育つ量には限りがある。
だから日々、水をやったり、雑草を抜いたり、地味で地道な手入れが必要。
そうしてようやく一定の期間がたって、花が咲いたり実がなったりします。

心もそれと同じで、育てる過程は地道で地味なのです。

日々呼吸を感じて坐ること。

それが心のお手入れ。

そしてその過程で、
自分が感じていることや考え方の癖が少しずつ、
玉ねぎの皮を一枚一枚剥がしていくように見えてきて、
徐々に「自分を知る」ことができるようになります。

この自分を知っていく過程が私はすごく好きなのですが、
これが私が瞑想を続けられる理由だと思っています。
こんな癖があったんだ、これも思考パターンだったんだ、
と気づき、そこから徐々に自由になる過程。

現代社会の私たちは、常に何か目新しいものを探し、
それを自分自身や自分の生活の中に付け加えていくことを求めます。
でも、そうやって新しいものでいっぱいにすればするほど、
大事なものが覆い隠されていくように思います。

先日鍼灸師の方がある講座で話をされていたのですが、
心身の不調を訴える方といろいろ話した末に、
最後に言うことが「しっかり寝てください」など、
すごくシンプルなことだったりして、がっかりされることがあるそうです。
でも結局そういうシンプルなことこそ大事だったりするんですよね。

シンプルにすること。

マインドフルネスが地味なのは
その地味さの中にしか発見できないものがあるからです。

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