いつでも立ち返る場所

先日ある方と話をしていて、「何かすがれるものが欲しい」という話になりました。その方は最近とてもつらい出来事を経験され、寝食もできなくなるほど不安を抱く日々を過ごされていました。いろいろな人に相談したりしてなんとか気持ちを落ち着けていたけれど、やはり何かすがれるものがあったら、とその時に感じたのだそうです。

程度の差はあれど、私たちはみんなそんなときがあるのではないでしょうか。体に異変を感じて不安になっているときに、お医者さんに「だいじょうぶ」と言ってもらって安心するように、不安でどうしてよいかわからないときに、何か確固たるもの、確実に信頼できるものに頼り、安心したいのです。

でも残念ながら、そんな確固たる存在がいつもいるわけではありません。そうなったら最終的には神頼み、、、でしょうか。

私は瞑想を始めてから、何か不安になったときには一度「今ここ」に戻るように意識しています。私にとってこれは「すがる」というより、「立ち返る」場所です。もちろん不安のもとがなくなるわけでもなければ、不安が強いときにはまた連れ戻されてしまったりしますが、でもこの返る場所を知っていることに強い安心感があります。

以前瞑想の先生から「一日の中でほっとする時間はいつですか?」と聞かれました。
仕事が終わって家に帰ってきた時、お風呂にゆっくりつかる時、一人でゆっくり飲み物を飲むとき、など人によっていろいろな答えがあると思いますが、瞑想でただ呼吸とともに今ここにいる瞬間は本来そのような感覚を味わえる時だという話でした。

そんな感覚を”安定して”味わうにはある程度の年月をかけ、しっかりした瞑想の実践が必要です。でも始めたばかりでも、しばらく続けていればそうした安心の場所があることに一瞬触れられるようになってきます。この感覚を知っていることは、とても大きいと思います。

結局、様々な出来事に揺れ動くのは外の世界ではなく、私たちの心です。だから自分自身の心の落ち着け方を知っていること、落ち着くのは難しくても、少なくとも心の波にのまれずにいられること、一度や二度のまれたとしても、また戻ってくる場所を知っていること―――それができれば、私たちは困難な時もよりうまく対処していくことができるのではないでしょうか。

すがるものがなくとも、立ち返る場所はいつも私たちの中にある、と思っています。

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