嬉しいときも心の手綱を離さない

私が実践する瞑想では、自分の心の動きを知り、そこにうまく対処していけるようになることが目指す方向性にあります。私たちの心の動きは多くがパターン化されていて、こういうタイプの人にはいつも苦手意識を持ってしまうとか、こういうことがあるといつもイライラしてしまうとか、こうきたらこう反応する、というものが皆何かしらあるものです。

脳科学でもこれは実証されていて、これはデフォルトモードネットワークというのだそうです。山でいつも通っているところには自然に道ができるけれど、通らなくなると道が草でおおわれてなくなってしまうように、私たちの脳も、使っている回路は活発になるけれど、使われないところは使われないままになってしまうそう。これは脳が効率化を図るための仕組みなわけですが、使われる回路が、自分にとって望ましい回路でなければ、いつも望ましくないパターンを繰り返しがちになってしまうわけです。結果、私は〇〇、、、なんて固定した性格のように思いこんでしまうケースもあります。

瞑想によって心の動きに気づくことが増えると、こうした自分のパターンに気づくことも増えてきます。私ももちろんたくさんのパターン保持者です。最初に気づくのは、自分がストレスに感じる時や苦しく感じる時の自分の心のパターンでしたが、実は嬉しいとき、楽しいときにもパターンがあることに気づくようになりました。嬉しくなるとつい調子に乗り(「楽しい人」と思われたい、、という心の動きでしょう(汗))その場を盛り上げようと何か言った末、後になってから「あの時、私の発言でむっとした人がいたのでは」なんて心配になったりすることが・・・。

だから、瞑想によって、どこかいつも平常心を保っているというのは大事だな、と感じています。もちろん喜ぶときは喜ぶし、楽しむときは思いきり楽しむけれど、調子に乗って我を忘れることがないように、心の手綱はしっかりと握り続けておきたいと思うのです。

脳にしっかり刻み込まれたいつもの「道」を通らず、草の生い茂るところに道を開拓するのはなかなか一朝一夕ではいきませんが、でもそれをやってみたくて、瞑想を続けています。


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