心がどこか引っ掛かるときは瞑想の始め時(かも)

様々な方にマインドフルネス瞑想をお伝えしていて感じるのは、日常で何か心に引っかかるものがある方ほど、瞑想の必要性や良さを実感されることが多いということです。つい人目を気にしてしまう、苦手な人に適切な対応ができない、考えすぎて不安になってしまう、最近イライラしてばっかり、、、など何かしら自分の心の癖が引っ掛かっていて、それをどうにかしたい、と思っている時。
以前ブログにも書きましたが、そもそも私自身が瞑想を始めたきっかけもやはりこれからへの不安とか、子どもに対する自分の在り方についてなど、心の引っ掛かりでした。

だから私は時々、不安や迷いを感じる時はある意味チャンスなんだと思ったりします。そこに向き合えば、気づき、そして心の成長があるからです。

私が時々読み返している本で鈴木俊龍老師(スティーブ・ジョブズにも禅を教えたといわれる方です)の『禅マインド・ビギナーズマインド』があります。この中で私が好きな(そして慰めとしている)箇所に、4種類の馬、卓越した馬、優秀な馬、普通の馬、劣った馬の話があります。誰もが卓越した馬、あるいは優秀な馬にはなりたい、と思うでしょうが、ブッダは最悪の馬こそ大事な馬だと感じたはずだとあり、続けて「自分が不完全であるからこそ、道を求める心のしっかりとした基礎ができるのです」と書かれています。

自分自身の弱さや不完全さを認めた時、初めてそれを克服しようという気持ちが初めて生まれるのですよね。


多かれ少なかれ、誰にも弱さ、不完全さがあると思います。それを見ないようにすると壁ができます。でも、ちゃんと否定したり批判したりすることなく見てあげれば、だんだん対処できるものになってきます。そのためにあるのが、マインドフルネス瞑想です。

私にも、心に引っかかるものがまだまだたくさんあります。多分、まだちゃんと見れていない引っ掛かりもたくさんあります。なかなか弱さ、不完全さは認めたくないし、自分を守ろうとする癖もなかなか強力です。
でも瞑想は「自分と友達になる」ことと言いますが、少しずつ心に引っかかるものを見ていくことで、もっと自分を知り、もっと壁のない自然体の自分でいられるようになれたら、と思っています。

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