引き算、そして優しさを。

以前こちらのコラムで、自分を高めるために何かをしなきゃ、と焦っていた時のことについて書きました。

それは、自分自身がいる今の地点ではまだまだ不十分で、もっともっと知識なり、資格なり、経験なりをつけて成長していかなくては、とさらに自分を大きくしていこうとするものでしたが、そうした傾向は時に、今の自分がこんなのだからいけない、自分がもっとこうだったら、と自分の足りない穴を埋める、という方向にも表出することがあると思います。後者のほうが自分が足りていない、と思う気持ちがより強くて、もしかしたらよりしんどいかもしれません。

そういう気持ちを抱くとき、私たちは一生懸命、自分を改善しようと知識や考え方を身に着けたりするかもしれません。足りないから必死にその穴を埋めようと、埋めるものを探すのです。

私の実践するマインドフルネス瞑想は、それとは全く逆のアプローチです。

そこでは、
私たちは誰しも生まれながら良いものを土台に持っている、
でも散漫な思考がそこに覆いかぶさることでその本質が見えなくなってしまっている。
だから、その散漫な思考を手放せば、私たちはもともと持つ本質を輝かせていける、
と考えます。
つまり、最初から私たちは十分に足りていて、何も足す必要はなく、むしろ余計なものを手放していけば良いということなのです。足し算ではなく、まずは引き算から。

もちろんそれは、現実世界で何の勉強もしなくてよいとか、なんの努力もしないで良いとか、そういうことではありません。でも「足りない自分を埋めるため、高めるため」という考えにとらわれている限り、いつまでも不安を抱えてしまうのではないでしょうか。

自分が足りていない、という思考は、自分にとても厳しい目線を向けることになります。
「こんなのじゃだめ」「もっとちゃんとしないと」「また××してしまった」・・・
などの声を常に自分に浴びせてしまうのです。
とても苦しいのではないでしょうか。

・・・・・

瞑想では、そんな厳しい自分に気づくことから始めます。
そして厳しい自分に気づいたら、手放していく練習をします。

厳しさは癖になっているので、なかなかすぐになくなるものではありませんが、
練習を続けることで、少しずつ、少しずつ、でも確実に、自分自身への優しさが培われていきます。
同時に、自分の中にある本質にも少しずつ、少しずつ、気づいていきます。

自分自身が足りていることを感じられて、自分に優しくすることができたら。

全ての人がそんな風であれたら。

時々、瞑想をすることが世界平和につながるのにな、と思いながら瞑想を続けています^^

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